金子みすゞ
わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。
わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ。
すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。
童謡詩人 金子みすゞさんの詩で、それぞれがそれぞれの素晴らしさを持っていて、それこそが素晴らしいのだということを美しく詩いあげています。
『みんなちがって、みんないい』
ーはずなのに、なぜ、日本の教育現場では、個々の個性・特性を理解し、その個性・特性に合わせた支援を行うことが、これほどまでに難しいのでしょうか。
子どもは一人一人違います。
ー目で見て覚えるのが得意な子ども
ー耳から聞く情報から学ぶことが得意な子ども
ー体を動かしながら勉強する方が集中しやすい子ども
ー1人で勉強する方が好きな子もいれば、誰かと議論しながら勉強する方が好きな子ども
みんなちがうー
大人が用意した枠組みにおさまらない子のために、別の枠組みが用意されている教育現場。
でも、子どもはみんなちがいます。
どの枠組みにもおさまらない子もいるのです。
教育は子どもの個性をいかし、子どもの可能性を広げるものであるべきではないでしょうか。
それは、普通学級 か 特別支援学級 か 特別支援学校 という枠組みを用意して、その枠組みに子どもを当てはめることではないはず。
サポートが必要な子どもがいれば、
何が
どれだけ
どのような形で & どこで
必要なのかを評価し、提供することなのではないでしょうか。
枠組みにおさまらない子どもが悪いんじゃない!
だって、子どもは『みんなちがって、みんないい』から。